なぜマスカットと呼ばれるか
インドの「ボンベイ・カラチ・ハルワ」というスイーツを、先日、私の勤め先である料理教室、キッチンスタジオペイズリーの授業で作りました。
その時「スリランカではこのお菓子、マスカットって呼ぶんですよね」と言ったら何でだろう??という話になり、調べてみました。
結論から言うと、この菓子の発祥はどうやらアラビア半島オマーンの首都マスカットのようです。
地図で見ると、オマーン湾をへだてて向かいはパキスタンのカラチ、アラビア海を越えればインドのボンベイ(今はムンバイと呼ぶようになりました)。料理の名前に登場する三つの都市は海洋交易上のご近所さんであることが分かります。もちろんスリランカもそれらの都市と海路でつながってきたのです。(クリックすると地図が拡大します。)
スリランカの人口の10%弱を占めるムスリム、「スリランカ・ムーア」とも呼ばれる人々はアラブ商人の末裔。大航海時代以前からスリランカを海の向こうとつないできた人々の子孫です。母語はほとんどの場合、タミル語。
シンハラ人、タミル人に次ぐ第三の勢力として、微妙な立ち位置を保ちつつ、スリランカ社会に柔軟に適応することで活躍し生き延びてきた人々です。
1920年代、60年代に刊行された古くからのスリランカ料理本に、作り方としていくつものアレンジが掲載されていることからも、マスカットは「セイロン料理」として愛されてきたことが分かります。
民族や宗教の境界線、政治の思惑はともあれ、美味しいものは美味しい。スリランカ人のそういう現実的なところが私は大好きだし、このボーダーレスな胃袋こそがこの国の希望だと密かに思っています。
スリランカに行く機会があったら、街角のカデー(定食屋)のガラスケースにありますから、そんな歴史に思いを馳せつつ食べてみてくださいね!
【参考資料1】
■アスィフ・フセイン著『イヴィリー・ペヴィリー(食べ物と飲み物)』
Ivilly Pevilly by Asiff Hussein p. 159
「スリランカのムスリムが作る菓子で有名なものにマスカットがある。小麦粉、ギー、砂糖、カシューナッツでできた油分多目の菓子で、緑、赤、黄色などに色づけする。四角く切って、断面が少し固まっているのを食べる。アラブから伝わったものらしく、マスカットという呼び名はおそらくオマーンの首都マスカット(Masqat)に由来する。この菓子はマスカットの街の名物なのだ。ロバート・ビニングが1857年に出版した本にこの菓子のことを書いている。マスカットの街ではハルワという菓子が作られていて、小麦、精製糖、むいたアーモンド、澄ましバターでできていること、また、大量に生産されてインドやペルシャの各地に輸出され珍重されている、とある。」※著者の承諾を得て一部抜粋、翻訳(意訳)。
【参考資料2】
タイムズオブオマーン紙 オマーンのスイーツ事情、老舗ハルワ店について
“Traditional Omani halwa passes the test of time”
【参考資料3】
■チャンドラ・ディサナヤカ著『セイロン・クッカリー』
二種類を掲載。シンプルなもの(水、砂糖、ローズウォーター、小麦粉、ココナッツミルク)と、豪華版(ココナッツフレークやカシューナッツ、ギーを加えたもの)
Ceylon Cookery by Chandra Dissanayake(初版1968年、6版2005年)p. 411 (レシピ番号396,397)
【参考資料4】
■ヒルダ・デュートロム著『セイロン・デイリーニュース・クックブック』
パパイヤ、青バナナ、芋、カボチャ、サゴなどを使ったバリエーションを紹介。
Halwa-de-Muscat, Papaw Mascat, Plantain Muscat, Potato Muscat, Pumpkin Muscat, Sago Muscat, Sweet Pumpkin Muscat
Ceylon Daily News Cookery Book by Hilda Deutrom(初版1929年、18版2016年)p. 277-279(レシピ番号1155-1162)